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ホーム  > 国際交流  > 留学体験記  > 留学という選択 増井由紀美

留学という選択 増井由紀美

あれから20年が経つ。1989年10月、5年半ほどのアメリカ生活(New York University大学院留学、続いてYale University 日本語専任講師)を終え日本に戻ってきた。
この80年代最後の年は1月7日の昭和天皇崩御に始まり、6月4日天安門事件、同24日美空ひばり逝去、11月10日にはベルリンの壁崩壊、という時代が大きく動いた1年であった。
個人的なアメリカ体験に関しては『スウェットシャツをバックシートに』(東京書籍,1991年)にまとめた。見たこと、聞いたこと、考えたことを誰かに伝えたいという思いが、鋭く強く、胸に渦巻いたのである。帰国後すぐにとりかかった仕事はこの執筆作業であった。その後、アメリカ事情について、英語学習について、求められるままに新聞や雑誌、そして大学での講義で紹介するようになったが、次第に研究者として自らの方向性を自覚するようになって行く。
その最も大きな出会いは朝河貫一(1873~1948) という歴史家の残した資料であった。朝河は1895年12月に日本を発ち、翌1月からダートマス大学で留学生となる。そして留学体験記を『国民新聞』に寄稿し、大学生活について、教育について、政治について、国民性について、時には辛らつに、時にはユーモアを交えて日本の読者に伝えた。私のアメリカ体験とは90年ほどの隔たりがあるが、その視点が重なっていることに驚きを覚えた。自らの体験を整理している時に起こった前世紀の知識人との記憶の共有が私を先達の研究へと導いたのである。その資料は大半がYale大学の図書館に所蔵されているが、これを読み解くことが今日、私の仕事になっている。つまり、朝河研究が、帰国後の使命となった。今の研究生活は留学体験があってのことである。
留学によって授けられたものは研究テーマだけではなかった。私はある種の自信を身に付けた。日本語講師をしていた時にひとりの学生に言われて気がついたのだが、彼はこう言った。「僕は増井先生の授業が好きです。先生は自信があるから。」言葉は日本語で発されたが、私はこれを“Masui-sensei, I love your class. Because you are confident in yourself.”と英訳して記憶し、ずいぶんと励まされてきた。自信の意味を再認識したのである。
未知の世界に飛び込んで自己確立を試みると、自らを支える力が備わってくるのかもしれない。生まれた国以外で若い時代を過ごすという選択もあって良いと思う。
私の場合は、大学時代に出会った学問からアメリカという国を選んだが、留学先は何処でも良い。朝河貫一は、110年程前に自らを世界の中のひとりであると自覚し、日本人による日本研究を世界の舞台にのせることを目指してアメリカへと旅発ったが、彼が夢描いていた学びの場所はアメリカに限っていたわけではなかった。欧米化の影響の下で高等教育を受けた明治の青年が目指した世界は、イギリスでありフランスであり、そしてドイツであった。それを示すかのように、朝河が学んだ外国語には英語以外に、フランス語、ドイツ語が入り、他にもイタリア語、ロシア語、中国語、そしてラテン語が含まれる。私も英語の他に、フランス語及びイタリア語の訓練を受けたが、異文化の中に身を置いて相手の言葉を学ぶことは、自らを謙虚にし、その姿勢が世界との交流を可能ならしめるのだと思う。
外に出てみましょう。そして、相手の言語で考えることのできる国際性を身につけましょう。