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ホーム  > 国際交流  > 留学体験記  > アメリカに留学して 土井修

アメリカに留学して 土井修

私は、アメリカ金融史の研究をしている関係上、アメリカには3回留学しました。 第1回目は、1986年7月~1987年9月の間、ニューヨーク大学歴史学部客員研究員として、2回目は、1992年7月~10月の間、コロンビア大学東アジア研究所客員研究員として、3回目は、1999年9月~2000年8月の間、ニューヨーク大学経済学部客員研究員として留学し、主にニューヨークで活動しました。
第1回目の留学では、(1)研究資料、特に一次資料の膨大さに驚き、もっと早くアメリカに来ればよかったと悔やみました、(2)優秀な研究者に恵まれ、その研究者の紹介で、未公開のJ・P・モルガン・ライブラリーの資料を閲覧できたことは非常に幸運でした、(3)1985年9月の「プラザ合意」によって大幅な円高が生じ、持参した貯金が目減りした、等の思い出が残っています。
第2回目の留学では、(1)ボストンを拠点としてハーバード大学のベイカー・ライブラリー等での資料収集を行いました、(2)ハーバード大学にはやはり膨大な資料が所蔵されていました、(3)ハーバード、エール、プリンストン、スタンフォード等著名な大学の多くは私立大学であり、建物も民間からの寄贈によるものが多い、等が印象に残っています。
第3回目は、(1)J・P・モルガン・ライブラリーの他、ロックフェラー・アーカイブでの資料収集に努めました、(2)ロックフェラー・アーカイブは、ニューヨークのグランド・セントラル駅から電車で1時間くらいの北方に位置し、広大なロックフェラー所有地の中にあり、日本の天皇陛下も訪問されたと聞きました、(3) 1999年の大晦日にはテロが起こると噂され、外出を控えました、等の思い出があります。
留学には、(1)異文化・異文明に接し、広く教養を高める、(2)資料収集や共同研究等具体的研究を行う、という2つのタイプがあると思いますが、私の場合は(2)のタイプであり、やや「木を見て森を見ず」の感が残りました。しかし、そうした不十分な経験からではありますが、アメリカ留学を通して、(1)日本および日本人を外から見ることができ、それらの相対的位置を理解することができました、(2)アメリカに限らないとは思いますが、外国にいると日本および日本人をより強く意識させられました、(3)アメリカは世界政治・経済・文化の中心であり、世界各国・地域についての研究者が多く、その層も実に厚いと感じました、(4)ニューヨークは「人種のるつぼ」と言われるくらいさまざまな人種が住んでおり、日本とは異なり外国人にとっては極めて住みやすいところでした、(5)アメリカ社会は貧富の差が大きいと感じました、などを体感しました。
以上、ややまとまりのない話となりましたが、最近日本の若い人たちの留学が減少しつつあるとも聞いており、国際化の進展しつつある中、憂慮すべきことと考えております。是非勇気を出して海外に出て、視野の広い国際人を目指して欲しいと思います。