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留学10日の成果 長戸路政行

正確には、アメリカ滞在10日間の成果であって留学ではありません。今から20年近く前に私の娘夫婦がアメリカ留学し、ワシントン郊外のボルチモアの民家に滞在していたので、そこに10日間程宿泊させてもらったのです。それまでにも旅行でアメリカに行ったことはありましたが、1ヶ所に10日間滞在してアメリカの市民生活を目の当たりにしたのは始めてでした。
その10日は新しい発見とサプライズの連続でした。そのとき私は60才位でしたが、もし、この体験を若い時にしたのなら、きっと私の人生観、否、人生そのものが変わっていたかもしれないと感じたほどでした。
話は昔に遡りますが、1945年(昭和20年)8月に第2次世界大戦(太平洋戦争とも言った)が終了しました。正確には、日本がアメリカ等に負けたのです。その時、私は中学3年生でしたが、私の中学生時代は英語教育は禁止でした。鬼畜米英の言葉だからという軍部の主張に国が従ったのです。
その後、私は法律の勉強をしたので、外国語や外国の状況に疎く、アメリカの黒人解放運動や南北戦争もフランス革命と同様に遠い昔の物語のように考えていました。
さて、話は再びボルチモアに戻りますが、その駅に降りた時、肌の色が、白、黒、黄色と多様な人々であふれており、一瞬、びっくりして立ち止まっていたのです。その時、付添人から「走れ、止まっていてはダメだ。」と怒られ、又、びっくり。立ち止まっていると、新聞売人、靴みがき、その他の人に囲まれて下手をするとカバンも取られるというのです。その時、私は始めて人種の多様性を知り、アメリカにはいくつ位の人種があるのかと聞いたところ、付添人は少なくとも10種類はあると言い、別の付添人はニューヨーク州だけで厳密に分類すると120種位の言語が使われていると言っていました。
その時の体験はここでは書き切れませんが、私がそれまでに日本の政治学教科書で学んだ国家の概念は、「一定の土地を持ち、一定の人種と言語とがあり、固有の通貨発行権を有する政府があること」というものでした。こんな陳腐な説明しか知らなかった私にとって100以上の言語を持つアメリカは同じ地球上の国とは思えませんでした。
私は、その時、始めて人間の多様性、人間の考え方の相対性ということを実感したのです。 人間は、一人一人、性格も考え方も違います。その違った人間同士が一定の距離を保ちつつ生活するのが人間社会です。人間という言葉は、今はニンゲンと読みますが、古くはジンカンと言ったそうです。人と人との間をどう理解するのか、これが人間社会の重要課題でしょう。
結論を申します。
どうか、少しでも若いうちに世界を見て体験して下さい。そして、人間とは何であるのかと考えるようにして下さい。
人間とは何か、人間の生命とは何か、すべてはそこから始まり、そこで終わるのでしょう。