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第2回 国際交流講演会in敬愛フェスティバル

平成23年度の国際交流講演会は、今年も敬愛フェスティバル期間中の11月13日(日)午後1時から稲毛キャンパスで開催されました。当日は昨年を上回る数の熱心な聴衆の方にお集まりいただき、大変意義深い催しとなりました。今回は、最近までアメリカに留学していた本学の二人の先生に、留学先での経験をもとにお話しいただきました。

経済学部 畢滔滔教授の講演の様子

一人目の講師は昨年に引き続き、経済学部の畢滔滔(ビイ・タオタオ)教授。3月11日の東日本大震災を受けて、「市民参加の震災復興:サンフランシスコ市の物語」というタイトルで、アメリカ合衆国サンフランシスコ市の震災復興の事例を紹介しました。
畢先生は、世界の多くの被災都市は復興で「現状復旧を超えた復興を実現する」という高い目標を掲げたものの、実現した都市は少ないという問題を指摘し、成功事例であるサンフランシスコ市の経験を紹介しました。サンフランシスコ市は1989年のローマ・プリータ地震で、港湾地区の高速道路が倒壊するなどの大きな被害があったが、復興で震災前よりさらに美しいウォーターフロントが建設されました。港湾地区の震災前と復興後の景観のあまりの違いに、聴衆は皆驚かされました。
サンフランシスコの港湾地区は、第2次世界大戦終わりまで貿易港とフェリー・ターミナルとして繁栄していたが、ベイブリッジの建設(1936年)と自動車の普及によって、1950年代から衰退し始めた。1958年に港湾地区で建設された巨大な高架高速道路エンバカデロ・フリーウェイは、港湾地区の景観をさらに悪化させ、その再活性化にも悪影響を及ぼしました。1989年に発生したローマ・プリータ地震でエンバカデロ・フリーウェイが損傷した後、サンフランシスコ市は多くの市民の意見に基づいて、高速道路を修復するのではなく撤去して、代わりに広い遊歩道がありレトロ路面電車が走る大通りを建設しました。高速道路が撤去された後、海岸地区における観光と商業施設の開発が活発となり、また、長年荒廃したフェリー・ターミナルも小売やオフィスからなる複合施設にリニューアルされ、多くの観光客をひきつけています。
サンフランシスコの震災復興の事例は、市民参加の震災復興について3つのことを私たちに考えさせる、と最後に畢先生はまとめました。第1に、大規模な地震は甚大な被害をもたらす一方、都市が抱える課題を解決する機会も提供しています。復興において、地震を新しいまちづくりの機会として捉えることが重要です。第2に、復興において、異なる市民グループは異なるニーズと都市ビジョンを持つため、復興はどのグループのニーズに応え、どの都市ビジョンを実現するかを決めるプロセスです。第3に、現状復旧を超えた復興を実現するために、復興計画策定における市民参加が不可欠です。一方では、異なる意見をもつ市民グループの間の合意構築は非常に難しいです。都市の抜本的な改造を実現するために、復興において都市計画の分権化が進み、また、関係者の目的を都市将来のニーズと調和させることが重要です。

国際学部 庄司真理子教授の講演の様子

二人目の講師は、ニューヨーク・コロンビア大学への1年間の留学から9月に帰国したばかりの庄司真理子教授(国際学部)。「グローバル都市ニューヨークから学んだこと」と題し、豊富なスライドを駆使して、最新のニューヨーク事情をお話しいただきました。
まずは自由・平等・博愛という、アメリカの根本を成している三つの思想が、具体的にどのような形で表れているか、ユニークな映像をもとに紹介していきます。そのいくつかを再現すると…。まずは自由。
多人種多宗教の街であるニューヨークでは、クリスマスの時期に、「メリークリスマス」とは言わず「ハッピーホリデイズ」とあいさつをします。すべての人がクリスチャンとは限らず、同じ時期にユダヤ教徒の人たちはハヌカというお祭りしています。多人種多宗教の町だからこそ、お互いに他の人の宗教に配慮する思いやりが感じられます。自由を大切にする気風は、学校行事にも見られます。パジャマ・デイには、生徒がみな学校にパジャマを着て登校します。またハロウィーンには、生徒たちがみな思い思いのハロウィーンの扮装で登校して、その格好で授業を受けます。アメリカ人はそれぞれが独立して自由です。自分の個性を大切にします。アメリカに行くと日本人はおしゃれのつもりで染めていた茶髪や金髪を、なぜか黒く染め直す人が多いです。もともと金髪や茶髪のアメリカ人の中に入ると、自分の染めている髪の色が、まるで借り物のように思えてしまうからです。自分が自分でいて大丈夫なんだ、と気づかせてくれるのも、多種多様、多人種多宗教の街ニューヨークの特徴でしょう。アメリカ人の自由は、時々、自分勝手すれすれの自由のときもあります。ハリケーン・アイリーンがNYを襲い、道路が水没したとき、川となった道路をみて、少年たちがサーフィンをしはじめました。警察はそれをやきもきしても平気で好きなことをする。自分は自分でそれでいい。アメリカで一番学んだことは、自由だったと思います。
次に平等についてですが、平等は良い面と問題の面の両面がありました。良い面は、黒人の特に女性が以前より元気になったことです。黒人大統領が誕生したことも、一つの理由かもしれません。黒人差別も少なくなった印象を受けました。コロンビア大学では、最近独立したばかりの南スーダンのキリスト教徒とスーダンのイスラム教徒、相互についこの間まで武力衝突をしていた国の2人が仲良くワークショップをしていました。アメリカは本当に平等を大切にする国です。日本では、「三歩下がって師の影を踏まず。」という言葉があるくらい先生を敬いますが、アメリカでは、教員と学生の間は、「ロビンソン先生」と苗字で呼ばずに、「ハイ・ブライアン」と生徒が教師を名前で呼んだりします。平等を大切にしていると言っても、アメリカは貧富の差が激しい国です。NYのスラム街の中にあるオフィスに用事があってタクシーででかけたのですが、タクシーから降りたとたんに、たくさんの物乞いの人だかりに囲まれてしまいました。ここが同じアメリカと思えないくらい貧しい地域はスラムが広がっています。スラムからの帰りは、バスに飛び乗りましたが、そこから高級住宅街までの30分程度のバスの旅は、まるで途上国から先進国までのバスの旅のように景色が大きく変化していきました。平等と言ってもアメリカの貧富の格差はとても大きいです。しかし、アメリカン・ドリームのせいか、今は貧しくてもお金持ちになることもあると思っている人が多い感じがします。
次に博愛についてお話しましょう。アメリカ人は、見知らぬ人同士でも、エレベーターで乗り合わせればあいさつしていろいろと会話をします。いつも誰でも親しい友人のように接します。また、アメリカは基本的にキリスト教社会です。教会は、アメリカ社会にとってコミュニティーになっています。老人会、婦人会、子ども会、ヨガ、映画会、コンサートなど、教会にま様々な催し物があります。また、貧しい人へのチャリティーや無料で食事を配給したりもします。教会の愛が、貧富の格差を救済します。アメリカ人は、人生を愛して楽しむのも上手です。スーパーマーケットの商品棚の上の、買い物客の手の届かないスペースを利用して、人形が歌ったり踊ったりしています。まるでディズニーランドのようなスーパーマーケットがあります。ニューヨークには街の随所に自分の人生を愛してバラ色にしようという仕掛けがあふれています。
ところでニューヨークの人たちは、日本をどのように見ているでしょうか。サンクスギビングのパレードでは、さまざまな出し物がとおるのですが、ピカチュウの人気は凄まじいものがありました。白人も黒人もたくさんの人が、「ピカチュウ!!」と大声で叫びます。アメリカの人気キャラクターのスパイダーマンやスポンジボブが通っても何も言わなかった観客がピカチュウには興奮して声援を送るのです。日本のアニメが世界中の人に人気があるのだなあと感じました。日本の技術や数学能力に対する信頼もとても厚く、書店に入るとたくさんの「SUDOKU」という本を見かけます。これは日本語の「数読」のことです。日本でそれほど流行していない「数読」がアメリカでは大流行です。また日本車や鉄道など、日本の技術に対する信頼は厚く驚くことがあります。アメリカ人は、日本食を食べればヘルシーでダイエットになっていると思っているようです。日本人よりも寿司が好きと思えるほど、街のいたるところにお寿司屋さんがあります。カリフォルニア巻きは学食のメニューにも必ずあります。豆腐もヘルシーフードとして大人気です。豆腐が入っていれば健康に効果大と言わんばかりに、豆腐のデザートに、たっぷりの生クリームやチョコレートを入れてヘルシーデザートとして紹介していました。311の地震については、アメリカ人も多くの人が「Pray for Japan」といって励ましてくれます。カーネギーホールでも「Pray for Japan」コンサートがありました。アメリカの人たちは、日本人が地震や津波が起こっても暴動が起こらないことや、辛抱強く配給を待ち感謝する風景に感心していました。一方で原発に対しては心配しており、東海岸でも放射能を気にする人もいました。
最後に留学していたコロンビア大学の国際性についてお話します。庄司先生が「business and peace」というプロジェクトの企画と運営をされていた国際公共政策大学院では、世界中からの学生が学んでいて、コソボのアルバニア人とセルビア人、パレスチナなど紛争地域からの留学生も多く、祖国では敵国同士のはずの留学生同士が「仲良く」学んでいました。彼らは自分の国を何とかしようという切実さから、勉強のモティベーションが非常に高いです。なお、business and peaceプロジェクトでも「復興」が大きなテーマになっていて、利害関係者の調整が最大の課題で、その際にルールをコミュニケーションの道具として利用していくことが重要だといえます。
アメリカには、アメリカの国益を優先する大学や研究機関が多い中で、それとは正反対に地球規模の利益を追究し、場合によっては国益に反することも辞さない「地球研究所(Earth Institute)」というユニークな研究所があります。ノーベル平和賞を2回受賞したジョセフ・E・スティグリッツとか、ミレニアム開発目標を中心になって策定し、敬愛大学でも毎年参加しているStand up Take Actionキャンペーンの発案者のジェフリー・サックスも同研究所に所属しています。
おまけで、ニューヨークは治安が悪い?との噂について。確かに街で見かける物乞いや銃社会など、問題がないわけではないが、ニューヨークでは警察官やパトカーの数がとにかく多く、治安には大変気を使っているので安心して訪れてください、との話でした。

お二人の話の後、質疑応答が行われました。一部を再録してみます。
―質問者:日本が誇ることのできる文化とは、どういうものか?
―庄司:細かいところまできちんとしていること。約束・時間を守ること。アメリカ人は大雑把。食器洗い機の修理を頼んだら、一日家で待っているように指示された。結局8時間待ったが業者は来ず、翌日に来ることになった。
―質問者:日本でも教師と学生が「平等に」話すようになったら、どうするか?
―庄司:最近の学生は抵抗がないというか、既にそうなっている。親しげに話してくる学生も増えた。
―質問者:震災後の復興を進める際、費用は問題にならなかったのか?
―畢:損傷した高速道路についてカリフォルニア州運輸局はサンフランシスコ市に3つの案を提示しました。すなわち、(1)元どおりに修復し、かつ耐震補強工事を実施する案、(2)倒壊した高速道路の2階を撤去し、1階建ての高架高速道路に修復する案、と(3)エンバカデロ・フリーウェイを完全に撤去し、代わりに路面の大通りを建設する案でした。カリフォルニア州運輸局は1番目の案は最もコストが安く、それを薦めたが、サンフランシスコ市と市民はそのコストの計算方法に疑問をあげました。市の計算では、3番目の案は最もコストが安い結果でした。この結果は市民の意見に大きな影響を与えました。高速道路の跡地と港湾地区の再開発は民間企業の投資によるものである。
―庄司:内戦後の復興には「ソーシャル・ビジネス」という方法もある。ワイン会社と提携して地雷撤去した後の穴にぶどうの木を植えたり、化粧品会社と提携して荒廃した土地に香料の木を植えたりした例もある。
最後に家近国際交流委員長が、「本日は学生や地域の住民の方に、教員が実際に現地に行ったからこそできる貴重な話を聞いていただくことができた。(開会のご挨拶をして下さった)土井学長には、今後とも教員留学制度の継続にお力添えをいただきたい」との締めの挨拶を行って、無事に終了しました。国際交流講演会は来年も実施する予定です。多数の皆様の参加をお待ちしております。

(国際交流委員会委員 大月隆成)