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国際学部教員によるリレー・エッセイ(第1回)

アルジェリアの衝撃

 W杯ブラジル大会は、ドイツの優勝で幕を閉じた。欧州勢が不利と言われる南米開催の大会で圧倒的な強さを見せつけた、文句なしの優勝だった。そのドイツが最も苦戦を強いられたのが、アフリカ勢との戦いである。
 前回南アフリカ大会でアフリカ勢最高のベスト8に進出し、終了間際のPKを決められず惜しくも敗退したガーナは、予選リーグでドイツと対戦し、互角の戦いを演じた後、2-2で引き分けた。その後チーム内の不和が表面化し、予選リーグで姿を消すことになったが、潜在的な力が十分あることを証明した。
 決勝トーナメントに進出したドイツが、初戦で対戦したのがアルジェリアである。この試合は、ノイアーとエムボリという、今大会を代表する両チームのGKが奮迅の働きを見せ、両者無得点のまま、延長戦にもつれる展開となった。結局120分間の死闘を制したのは、経験で上回るドイツだったが、アルジェリアが勝利したとしても、何ら不思議のない内容だった。
 完璧なゲームプランで無敵艦隊を沈めたチリや、日本人と変わらぬ体格でも、世界のトップと対等に渡り合えることを証明してみせたメキシコの戦いぶりにも感銘を受けたが、今回筆者が最も衝撃を受けたチームは、アルジェリアである。アフリカのチームには、とても見えなかったからだ。長身でやや浅黒い肌をした、見た目はいかにも北アフリカらしい雰囲気の選手が繰り広げていたのは、白人、つまりヨーロッパ流のサッカーだった。
 北アフリカのサッカーは伝統的に、守備を固めてカウンターという、中東諸国とよく似たスタイルのもので、見ていて面白いものではないが、敵に回すと厄介な代物である。攻撃力はあるものの守備に難点のある、北アフリカ以外のアフリカ勢は、苦戦を強いられてきた。ところが、今回アルジェリアが見せたのは、前線や中盤から組織的な守備で相手のボールを奪い、ショートカウンターで点を獲りに行くという、最新モードのサッカーだった。
 いったい何が起こったのか?その謎は、アルジェリア代表選手の多くが、以前はフランスのユース代表としてプレーしており、その後アルジェリア国籍を選択して、アルジェリア代表に加わっている、との説明を聞いて氷解した。つまり、彼らは見た目はアルジェリア人でも、中身はフランス人なのだ。実は、前回南アフリカ大会の時も、アルジェリア代表には多くのフランス生まれフランス育ちの選手がいて、スタンドには彼らを見守るジダンの姿があった。その時は予選リーグで敗退したが、既に種はまかれ、芽が出ていたのである。
 フランスは日本と同様、国籍については血統主義を採用している。しかし、両親が外国人であっても、本人がフランス生まれで5年間居住していれば、国籍を取得できる。背景には、フランス人にとって本質的なものは、血統や肌の色ではなく、フランス語を話しフランス文化を身につけているかどうかである、との考え方がある。フランスにはアルジェリアからの移民が多く住んでおり、その子供がフランス国籍を取得するケースは珍しくない。最も有名なのは、言うまでもなくジダンである。彼はフランスでもアルジェリアにおいても偉大な英雄であり、アルジェリアのサッカーに与えた物心両面のインパクトの大きさは、測り知れない。
 もちろん、フランス国内には増え過ぎた移民に反発する人びとも多い。特に、数が多くイスラム教徒が圧倒的多数を占めるアルジェリアからの移民に対しては、様々な差別があるとも聞く。アルジェリア国籍を選択した選手が数多くいた理由の一端は、こうした差別にあるのだろう。フランスとアルジェリアの結びつきは非常に深いが、かつて宗主国と植民地の立場にあり、激烈な独立戦争を戦った両者の関係は、なかなかに複雑である。
 いずれにしても、アルジェリアの快進撃は、近い将来にアフリカのチームがW杯を制する日が来るかもしれない、との希望を抱かせるに十分なものだった。これまでアフリカのチームは、潜在能力を十分に発揮することができずにいたが、壁を打ち破る条件がようやく整いつつある。かつてアフリカで多くの代表チームを指導し、目覚ましい実績を上げて「白い呪術師」と呼ばれたトルシエは、次のように語っている。
 「アフリカでチームを変えるには勇気が必要だ。……民衆やメディア、政治とも戦わなければならない。私もアフリカで仕事をしていたときは、常にそうした問題と戦い続けてきた。しかし勇気を奮って改革を断行しても、時間がたてばすぐに元に戻ってしまう。あるいはその前に改革そのものを無化されてしまう。……だが、私が見る限り、勇気を奮うことの対価はブラジルで得られた。アルジェリアとナイジェリア、ガーナの3か国は、成功するためには代表に纏わりつく全ての因習や関係を破壊し、除去して新たにチームを配置し直さねばならないことを示した。」(Number PLUS August 2014 ブラジルW杯総集編 49頁)
 ご承知の通り、トルシエは2002年の日韓W杯で日本代表を率い、日本を初の決勝トーナメントに導いた監督である。その後、2008年にはFC琉球の総監督に就任した。奇しくも、アルジェリアの快進撃を支えたGKのエムボリは、かつて同チームに所属していた。もちろん、トルシエの持つフランスやアフリカとの太いパイプがあって実現した話だが、日本人ですらほとんど知らないようなチームに、未来のスター選手が埋もれているかもしれないと想像するのは、夢のようである。
(大月隆成)
今回から、国際学部教員によるリレー・エッセイを不定期に掲載することにしました。第2回は、国際学部随一のサッカー通で、サッカー観戦のために何度もイタリアを訪れている、高橋和子先生にお願いしたいと思います。ちなみに、決勝トーナメントが始まるときに、高橋先生と優勝チームを予想したところ、「ドイツ」で意見が一致しました。高橋先生、よろしくお願いします。もちろん、サッカーネタである必要は全くありません。