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ホーム  > 国際学部だより  > 高田ゼミ ゼミ合宿(2013年8月6日)

高田ゼミ ゼミ合宿(2013年8月6日)

 夏休みが始まったばかりの8月6日早朝、ずっと以前から準備していたゼミ合宿に向けて、私たちはとうとう出発しました。いざ、新幹線で京都へ!
猛暑のなかの京都は、もっと凄い「酷暑」でしたけれど、みんな元気いっぱいでした。
 今回の高田ゼミ参加者は、4国籍に及ぶ男女12名です。京都は初めてという留学生も多く、1泊2日をフル回転で駆け巡ってきました。
 京都の小さな "おへそ" と呼ばれる六角寺からスタートして、有名な鹿苑寺金閣、渋~い龍安寺、颯爽として雄壮な仁和寺、燃えるような夏山のなかの清水寺、ひたすら暑かった天龍寺を見学しました。夜の鴨川(七夕祭り)には、胸キュンのゼミ生もいたのでは?

 それにしてもさすが国際観光都市京都でした。どこでもさまざまな言語が聞かれました。

金閣は誰が写しても絵はがきのように美しいですね。

鹿苑寺内の案内図の前で撮った集合写真。

伝統家屋である町家をそっくり利用した食事処のランチ、「町家椀」。綺麗! 美味しかったけれど、分量が足りなかった人もいたみたいです。

清水寺の山の小道を登ると、「子安塔」がありました。
安産祈願しましょ。朱塗りの修復中でした。

角倉了以について

嵐山に行きました。亀山地区の一角にある「角倉了以翁」
の像の前で、この場所を案内してくれた近くに住む人
(元都ホテルに勤務)と一緒に。

 「角倉了以」は江戸時代の京都地方の豪商で、徳川家康から御朱印状をもらい、ベトナム・ホイアンとの交易に活躍した人物です。
 当時のホイアンは海のシルクロードのなかの1港として栄えていました。「ホイアンの日本人町」は有名ですが、鎖国の影響で途絶え、町そのものは華僑に引き継がれます。
 日本人町の一部は現存し、400年の時を超えて世界中の観光客を惹きつけています。角倉は、ホイアン交易で儲けた財を、保津川の大堰川開削ほか日本各地の水利事業に投入しました。その偉業をたたえて、京都の人々が銅像を立てたのです。
 日本人とベトナム人、そして中国人の17世紀交流のエピソードでした。

 後期は、合宿の想い出話と京都で学んだことから、スタートしましょう。
 日本美の代表格・伝統ある京都は、「国際的」な街でしたね。
(文責:高田 洋子)