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敬愛大学 第5回高校生論文コンテスト 佳作


「MOTTAINAI」精神=有限性+感謝
敬愛学園高等学校1年 白井 麻保

 なぜ「もったいない」ではなく、ローマ字で「MOTTAINAI」と書くのだろうか。私はインターネットで調べてみることにした。すると、「MOTTAINAI」には、世界中の合い言葉としての意味のあることがわかってきた。

 「MOTTAINAI」を世界共通語として広めたのは、ワンガリ・マータイさんだ。マータイさんは、環境分野で2004年にアフリカ人女性として初のノーベル平和賞を受賞したケニア人である。2005年の来日の際にこの言葉に感銘を受けたという。なぜなら、Reduce(ゴミ削減)、Reuse(再利用)、Recycle(再資源化)という環境活動の3Rをたった一言で表せるだけでなく、かけがえのない地球資源に対するRespect(尊敬の念)が込められている言葉が、「もったいない」だったからだ。そしてこの言葉を世界に広めることを提唱した。この提唱を受けてから、平仮名ではなくローマ字で「MOTTAINAI」と表記されるようになったのだ。

 「もったいない」という言葉は普段からよく耳にするし、また私自身も使っている。いくつか例をあげると、給食などで出された物を残した時、歯を磨きながら水を出しっぱなしにしている時、使ってない部屋の電気をつけっぱなしにしている時などは、必ずと言っていいほど、先生や家族からこの言葉が発せられる。

 小学生の頃、給食で嫌いな物が出て、残そうとすると、先生に「作ってくれた人の気持ちを考えたことはありますか」とか「ご飯を、食べられない人もいるのに、もったいないでしょ。悪いと思わないのですか」などと言われたことがある。また母に、「つけた電気は消す。水も止める」などとしばしば怒られているような気がする。

 私も、裏側が白い紙を捨てる時や、入り終わったお風呂の水を流す時などに、「もったいないなぁ」と感じてしまう。また、まだ使えそうな文房具を捨て、かわいいからといってさらに同じ文房具を買ったりする時は、かなり罪悪感を感じる。

 「もったいない」は、日常的に、このような場面・状況に登場してくる言葉である。悪く言うと、なんだかけちけちしていて、貧しいというイメージもある。

 だが、「もったいない」という言葉を使うのは、こういった場面だけではない。「時間がもったいない」とか「晴れているのにもったいない」ということもよく耳にする。時間がもったいないというのは、やるべきことがあるのに、他のことをしている時に、母からよく言われる。そういえば、ことわざにも、「少年老いやすく学成り難し、一寸の光陰、軽んずべからず」というのがある。これは、月日の過ぎるのはあっという間のことで、まだ若いと思っているうちに年をとってしまうが、学問はなかなか成就しがたい。だから、若いうちから、ほんのわずかな時間でも無駄にすべきではないという意味である。つまり、一生の間に与えられた時間は無限にあるものではないということを戒めているのだろう。だとすれば、「時間がもったいない」の「もったいない」は、限られたものに対する慈しみの心を示しているとも言える。

 また、晴れているのにもったいないというのは、よく晴れた日に、「布団を干さないともったいない」とか「家にいるのはもったいない」というように、祖母がよく使う言葉である。これは、晴れの日が、ずっと続くのではなく、すぐ次の日に雨が降るかもしれない。だから、太陽が照っていることに感謝し、太陽の恵みを有効に用いなければいけないという気持ちから発せられる言葉だ。

 最初に、「もったいない」という言葉には、けちけちして貧しいイメージがあると言ったが、考えていくうちに、そのイメージを改める必要があると思うようになった。食べ物も水も電気も、これらは全て限りあるものだ。食糧は食べたい分以上にあり、水や電気も、蛇口をひねったりスイッチを押すだけでいつでも与えられる。今は、豊富にあって気づいていないが、なくなってしまった時に、その大切さがわかるというものだ。「もったいない」という言葉は、その物が限りある物(資源)だということに無意識のうちに気づいているからこそ、使っているのではないだろうか。同時に、その限りあるものを使えること、使わせてもらっていることに感謝する気持ちも根底にあると言える。

 「もったいない」の真の意味をこのように考えてくると、次のことはどのようにとらえればよいのだろうか。最近、家電製品のリユース・リサイクルについて取りあげている新聞記事を読んだ。日本で使われなくなった家電製品を主にナイジェリアやアフガニスタン、フィリピンなど世界の40カ国に輸出しているという話だ。一見良い話に聞こえるが、輪出した先の国で使えなくなったらどう処理するのか。そのままゴミとして捨てるか、あるいは分解して、さらに使える部分はリサイクルに回し、それ以外はやはりゴミとして出すことになる。分解する時に、有害な物質が出て、それを素手で触ったり、川に流したりしているとも聞く。私たちは、家電リサイクル法に基づいて、いらなくなった家電製品を出しているが、その中の25%が、実は海外のあちらこちらで環境破壊を招いている可能性があるのだ。

 「MOTTAINAI」という精神が環境破壊に繋がっているとは、思いもしなかった。海外にこうした製品(中古)を送るというのなら、その前に、環境に悪い影響が出ないようにするための技術を伝えるべきではないだろうか。限りあるものに対する慈しみの心や感謝の心が根底にあること、それが、「MOTTAINAI」精神なのだとすれば、地球に住んでいる私達にとって、地球の自然環境は、最もそうした気持ちで向きあわなければならないものなのだから。

 以上のように考えた結果、私の解答は、「MOTTATNAI」精神=有限性+感謝、というところに落ち着いた。



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