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| 敬愛大学 第2回高校生論文コンテスト 最優秀賞 |
| 個性の発見 |
| お茶の水女子大学附属高等学校2年 金井 亮子 |
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どうやら二十一世紀は個性と独創の時代らしい。個性豊かな人材の養成がこれからの日本の課題だといったことが、いたるところでいわれている。 しかし、私は個性や独創という言葉が苦手だ。自分の個性が何であるのかは全くわからないし、ましてやそれが豊かだなんて考えたこともない。よく芸術の授業で「なんでもいい。それがあなたたちの個性です」なんて先生は言うけれど、その台詞は私にとって必ずしも独創性を発揮するきっかけになるような言葉ではない。むしろ、独創性のあるもの、他人とは違うものも作らなければならないと追いたててくるような言葉だった。そして途端に、自分は何を作ったらいいのか、何を作りたかったのかわからなくなってしまっていた。 また、一芸に秀でるということや、一つの分野で特別な才能をみせるということも私にはない。なぜなら、一つに執着するということが出来ないからだ。たくさんのことに対する好奇心を抑えることが出来ない。そうやっていろんな事に手を出していると、「優柔不断だ」や「目標はないのか」と非難され、自分でも悪いことをしているような気持ちにさせられた。 個性を求められ、一つのことに集中して取り組まされる。これで本当に「個性豊かな人材」など生まれるのであろうか。 個性は無理やり引っ張り出すものではない。内側からにじみ出てくるものだろう。一つのことにしか興味を示さない人間が若い頃から一芸に専念していても到底大成は望めない。必要なのは、個性に対する社会的寛容さと複数の対象に対する好奇心を抑圧せずにおく余裕だろう。今までの学校のやり方は、結果を急ぎすぎているのではないか。 加えて、「個性」や「独創」といった抽象的な言葉を使いすぎているように見える。「個性」や「独創」の本当の意味を理解しえないうちから「個性」ばかりを求められていると、大きな落とし穴に落ちかねない。「個性」を「他人と違うこと」と認識してしまうのだ。そして、ただ人と違うことに意義があると思ってしまう。結局他人でしか自分を測れなくなってしまうのだ。他人とどう違うか、何が違うのかといった比較で自分の個性を確かめているのだ。 これでは何も変わらない。他の存在で自分の価値を測るのではなく、自分で自分の価値に自信を持てなければいけない。その時ようやく、自分だけの個性が輝き出すのではないだろうか。 私は今まで、自分にはあまり個性がなく、人の真似しか出来ない人間なのではないかと不安だった。自分の個性が何かわからないあせりや、的を一つにしぼれない次から次へやってくる好奇心が、どんどん私を不安にさせた。この無限の好奇心のせいで、自分はずっと色々な事に手を出し、結局は自分の道を見つけられずに終ってしまうのではないかと思う時もあった。 だが今は違う。個性のないのが個性、なんてくだらないへりくつで自分をごまかすのではない。自分には確固たる個性がある、と言い切れる。何がその個性なのかは問題ではない。ただ、自分は誰かの真似なんかでなく自分なのだという確信がある。人と違う部分が個性になるのではない。自分の持っているものが個性になるのだ。 この尽きることない好奇心も、私にたくさんの知識や経験、発見、そして無限の可能性を与えてくれるに違いない。 私たちは、無意識のうちに自分と誰かを比べている。比べることによって不安定な自分を確かなものにしようとする。しかし、それではいつまでたっても自分は不安定のままだ。他人との比較で発見された個性は、他の誰かの比較で簡単に打ち砕かれてしまう。他人ではなく、自分で自分を確かな自分へと変えていかなければいけない。自分にしかないものを人と比べながら探すのではなく、自分が持っているものを自分で確かめるのだ。 個性豊かな人材は養成するものではない。誰かの手で他の誰かの個性を豊かにすることなんて出来ない。元からあるものを、一つ一つ見つけていくだけのことだ。 二十一世紀は個性と独創の時代?二十一世紀は自分で自分を発見する時代である。 |
| お問合わせ 敬愛大学高校生論文コンテスト係 |
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