卒業生の国際協力 〜フィリピン〜
スカベンジャーを支援する
―SALTとの再会―
平野 志穂
スカベンジャーの子供 パタヤスのゴミ捨て場にて
スカベンジャーの子供
パタヤスのゴミ捨て場にて

 今の私の状況を一言で表すと「Trial and Error」だろう。現在私はフィリピンに在住し、大学時代にフィリピン海外スクーリングで訪れたSALTというNGOで働いている。

 初めてこの国際協力という分野に興味を持ったのは高校1年生の頃、何気なく見ていたテレビ番組がきっかけだ。それまで食べたいものを食べたいときに食べ、欲しいものは大抵手に入れられる生活を送っていた私がテレビ画面で自分とは全く違う状況のアフリカの映像を見て涙が止まらなくなった記憶がある。それは国連大使である黒柳徹子さんが難民キャンプを訪れている番組だった。今思えばその時初めて自分を囲む小さな世界ではなく、外の世界に目が向いたと思う。それ以来、私はアジア・アフリカの人々と対等に向き合える仕事、特に女性や子どもと関われる仕事を目指してきた。

<パヤタスとSALT>

 SALTはマニラ首都圏のパヤタスという巨大なごみ捨て場でごみを拾って生活をするスカベンジャーを対象とした活動を1995年から行っている。当時子ども達の学費を支援するプロジェクトから始まった活動は現在、スカベンジャーの女性を対象とした生活向上支援プロジェクト、栄養不良児を対象とした給食プロジェクト、無料医療検診および安価な薬を提供する薬局プロジェクト、小学校就学前の子どもを対象とした幼稚園経営にまで広がり、活動地もパヤタスに加え、リサール州のカシグラハンビレッジ(2000年7月に起きたごみ山崩落事故の被災者再定住地)でもプロジェクトを行うようになっている。

 パヤタスのごみ山は現在9ha。朝から夕方までケソン市中のごみがトラックで運び込まれている。想像を絶する不衛生さ、強い悪臭、大量のハエや蚊。雨季になると臭いが強くなり、衛生状況は極端に悪化する。また、結核やデング熱、皮膚病も非常に多く、私は生まれて初めてここで結核患者を見た。やせ細って骨と皮だけしかないような女性を見て、結核の怖さを知った。

 パヤタス、カシグラハンビレッジのほとんどの住民はもともと田舎で農業・漁業を営んでいた人々だ。収穫が天候に左右され、不安定な収入しかないため都会へ仕事を求めて出てくるが、マニラの失業率は13%。大学を出ていない人が定職につけるチャンスは少ない。そんな状況で人々が「ここなら毎日食べられるだけの収入が得られる」と集まってくるのがパヤタスである。現在の私たちの生活を見てみれば分かるように、ごみは毎日大量にでてくる。フィリピンではまだごみの分別が進んでいないため、生ごみ・缶・ビン・その他のごみを全て一緒に捨てる。パヤタスではひっきりなしに運び込まれてくるごみの中から、スカベンジャーと呼ばれる人々が缶・ビン・ダンボール等を拾う。1日働けば50〜150ペソ(約120〜350円)の収入になり、どうにか家族が食べていける。

<SALTのスタッフとして>

 SALTでの私の仕事は大きく分けると、事務局員とプロジェクトコーディネーターの2つである。日本のNGOは大抵日本に本部事務局があるが、SALTの場合マニラに事務局があり、そこを拠点に広報・会員サポート・イベント企画・ファンドレイジング・会計・問い合わせ対応・事務局ミーティング等を行う。私はこれら一連の作業を行い、必要に応じてボランティアへ分担をしている。

 同時に現地駐在スタッフが行うべき各プロジェクトのコーディネートも行う。週1回行われるスタッフミーティングで、各プロジェクトの進行状況報告をフィリピン人ソーシャルワーカーおよびコミュニティーへルスワーカーから受け、必要に応じて日本向けに報告書を作成する。

カシグラハンビレッジで無料医療検診
カシグラハンビレッジで無料医療検診

 実際に働き始めて今自分に何が足りないか、何を学んでいけばよいのかがクリアになった。同時にSALT職員としてやらねばならない仕事が山積していることにも気づいた。事務局の仕事では団体の組織化、効果的な広報方法、魅力的な会報の作成、ファンドレイジングが今の課題だ。「良いことをしています」とただ待っているだけでは寄付や会費は集まらない。プロジェクトを続ける資金を確保するためにイベントの企画や広報に力をいれて、どんどん団体をアピールしていかなくてはならない。今までは国際協力というと青年海外協力隊のイメージが強く、プロジェクト現場で自分が活動する姿にあこがれてきたが、この仕事を通じて現場で活動する人を支えるためにものすごい事務作業があり、それをこつこつ事務所でこなす地道な事務職員の力がどんなに大きなものであるかを知った。現場の人間が輝いて活動している影には縁の下の力持ちである事務局員の役割が無くてはならないことを学べたことは、私にとって大きな成長だと思う。

 プロジェクトの現場では都市貧困地域で活動する危険さ、難しさに直面している。単なるボランティアとは違い、NGOとして活動する場合、相手へ与えるインパクトやデメリットを十分視野に入れなければならないことを学んだ。「私たちはこれを彼らにしてあげた」という自己満足ではすまされず、時に自分達が良かれと思ってしたことが悪影響しか与えない場合もあることを学んだ。「住民の自立を目指す」と言葉では簡単に言えても、実際の「自立」はそうたやすく達成できるものではない。

<今後の自分像>

 SALTで働き始めてまだ10ヶ月余り。憧れだけで何も分かっていなかった仕事だが、毎日新しいことに出会い、対応策が分からずに悪戦苦闘中である。実際に働いてみて再度学びなおしたいという気持ちも強くなった。大学卒業後すぐに勉強を続けるよりはるかに具体的、そして多角的に物事が見られるようになっていると思う。また現地で活動する日本のNGOや学生時代に関わっていたNGOのスタッフ、JICA専門家と話をしたり、意見交換をする機会も多く刺激を受けている。

 さまざまな矛盾やプレッシャーを抱えてはいるが、自分の心にはいつも「その道において一流」という言葉がある。「私は国際協力のプロになりたい。」やっと一歩を踏み出したばかりだが、これからこの道の専門家として歩んでいきたいし、また自覚を持って仕事をしていきたいと思っている。


▲ もくじに戻る ▲