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2012年度 第1回 自動車業界(通算15回)

山崎 雅史 様

 1946年生まれ
 1972年ロンドン大学大学院内燃機関コース卒業
 1972年に日産自動車に入社して23年間勤務。中央研究所でのエンジン開発からスタートして品質、サービスと様々な分野で仕事。米国駐在7年、カナダ駐在3年。
 1995年から日本デルファイにて品質担当ディレクター。主にトヨタ、ホンダと仕事。2008年12月退職。

逆境をチャンスに変えて成長してきた日本の自動車産業

日本の自動車産業の強さの背景を中心にお話ししようと思います。現在、日本の自動車産業は世界の自動車の30%弱を製造する生産面でのリーダーであるだけでなく、ハイブリッド車や電気自動車に代表される環境技術や省エネ技術のリーダーでもあります。しかし、現在のレベルに到達するまでの道のりは決して平坦ではありませんでした。それは常に逆境をチャンスに変えてきた結果だといえます。まずはその歴史をたどってみましょう。

1960年代の高度経済成長期に国内で大衆車をめぐって熾烈な競争が日本の自動車メーカーの間でありました。その結果、日本の自動車メーカーは短期間でクルマを輸出できるレベルにまで力をつけたのですが、いざ米国にクルマを輸出して見ると数々の品質問題が発生しました。そして日本車には「安いが悪い」のイメージがつけられてしまったのです。その時日本の自動車メーカーは「失敗こそ宝も山」を信条に、品質問題をひとつひとつ地道にそして丁寧に解決し失敗から色々なことを積極的に学んでいきました。そして失敗から得られたノウハウを次のクルマの開発に盛り込み、着実に品質のいいクルマに変えていきました。その日本の自動車メーカーが1970年代には米国で世界初の自動車に対する排気ガス規制(マスキー法)と直面することになったのです。欧米の自動車メーカーはその対応に躊躇し規制の延期を強く求めたのですが、日本の自動車メーカーはこれこそ絶好のチャンスととらえ、果敢にその壁に挑戦しました。その結果、ホンダはCVCCというユニークなエンジンを開発し欧米の自動車メーカーを驚かせました。そしてホンダに続いて日本の自動車メーカーは続々と規制値をクリアして、世界の自動車市場へのしっかりとした足がかりをつかんだのです。

しかし、それもつかの間のことで順調に市場に浸透していく日本車に対して米国で貿易摩擦が1980年代に起きました。日本の自動車メーカーに残された道は米国でクルマを生産することしかありません。ここで日本の自動車メーカーは工場を建てる場所を慎重に選び、そこでムダを徹底的に排除した日本式の生産システムを導入した工場を建設しました。1990年代には欧州でも同様の貿易摩擦が起こり、日本の自動車メーカーは欧州でも工場を建設し始めました。こうして海外でのクルマの生産が本格的に始まると日本国内の自動車生産は1990年をピークに減少の一途をたどることになりました。

2000年代になると急成長するアジア、特に中国で激しい競争が始まりました。一方、1997年に市場に導入された世界初の量産ハイブリッド車であるトヨタ「プリウス」が日本と米国で台数を伸ばし始めると環境技術面での競争が世界レベルで発生しました。そして、三菱や日産が本格的な電気自動車を販売し始めるとその競争はさらに加速して現在に至っています。

ムダの削減に挑戦し続ける日本の自動車メーカー

クルマの生産活動においてムダを削減するために、トヨタが始めた在庫を可能な限り少なくするジャストインタイムは、隠れていた様々な問題点を浮かび上がらせました。そして取組みは浮かび上がった問題の解決から潜んでまだ見えない問題へと進んでいきました。これがカイゼン活動で、その活動結果がトヨタ生産方式としてまとめ上げられ、「カンバンとカイゼン」の名で世界に知られるようになりました。機械だけによるオートメーションではなく、人が必ず入ったオートメーションを意味する「自働化」は日本固有のものとして、一方、ひとつの生産ラインで何種類ものモデルを製造する混流ラインは新しい生産方式として全世界へと拡がっていきました。この徹底的にムダを減らす活動が組織に与えた最大の産物は「常に考える」という習慣をあらゆる現場に根付かせたことだと思います。

「いいクルマを全世界に」を目指した更なるグローバル化への挑戦

今、私たちはエネルギー問題だけではなくこれ以上先送りが出来ない状態に近づきつつある地球温暖化問題と直面しています。そしてT型フォードの大量生産以来100年以上続いた内燃機関の全盛時代は徐々に電動モーターの時代へと移り始めています。環境に優しいクルマ、品質の高いクルマ、付加価値の高いクルマを全世界に広めたいという日本の自動車メーカーは、中国、タイ、インドネシア、インド、メキシコ、ブラジル、ロシア等でその国の実情にあった戦略を練り、活動を推進しています。その活動は製造拠点の新増設だけに留まらず先端的な環境技術の供与にまで及んでいます。日本の自動車メーカーはかつてない新たな挑戦の段階に突入しているのです。

自動車の営業活動

様々な人が想像を超える使い方をし、ひとつ間違うと人命に関わる自動車という商品を売るためには、まず商品を知り尽くすことが求められます。知り尽くすとは頭で知るのではなく体に浸みこませ自分のモノにすることです。そして商品の持つ付加価値を知り、価格ではなく付加価値と信用で商品を売ることが大切です。複雑な機能部品である自動車は思いがけない不具合を引き起こす可能性を常に持っています。クルマを売った時点からが本格的な営業活動であると心し、愚直にそして丁寧に販売後のフォローをすることにより信用を確固たるものにすれば営業は拡がりを持ち始めます。自動車の営業には王道も奇策もありません。

>>2012業界研究 第2回 医薬品